な風にあろうと自覚していても 改めて言われると…やっぱり嬉しかったし心強く感じました。 ちょっぴり、涙。 他にももう少し話をしたのですが…“そろそろ帰るよ~”と誘導のお声が。。あぁ…、名残惜しいな…、、、と思いつつ心地良さと安心感、充実感、スッキリ感そして勇気をもらって目覚めました。幸せなひと時のヒプノでした。このご縁に心からの感謝を!まずはお疲れ様でした日記にコメントしてくれた方々、返事を返せなくてすみませんなにせ、忙しいものであんなにコメントしてくれると思わなく、うれしい誤算でしたえー、本題に入ります。長文なので覚悟のある方のみ御覧ください終わりました本祭。 4日明けた今でも興奮してます(
見せるダートを中心に活躍することになります。ただ、平成初期のダート路線には重賞は数えるほど。ミスタートウジンは武蔵野ステークス、ガーネットステークス、平安ステークスを制し、帝王賞も二着。今だったらバリバリのダートの中心的存在。ただ。上記のレースにはまだ格がついておらず。結局はダートで賞金を稼いで芝の大レースに出走。そして惨敗を繰り返すしかなかったのが当時のダートホースだったのです。それでも、ミスタートウジンは走り続けました。時代が平成に入っても止まることなく。歳、歳、歳。歳を重ねても変わらず毎月のように競馬場にあらわれ賞金を持ち帰るミスタートウジンはこの頃から『ミスター老人』のニックネームで人